AIは企業広報をどのように変化させるのか
Chat GPTが日進月歩で進化し、様々な使い方ができるようになった今、デスクトップリサーチの際は、Google検索よりもChat GPTを頻繁に使った方が、探している情報に早くたどり着けると感じている人が増えていると思います。文章・映像・画像の作成に長けているChat GPTなどの生成AIの活用は、コミュニケーションの領域に急速に浸透してきているだけではなく、SEO対策や企業の情報発信、リスク対策に大きな変化をもたらしてくると、私たちは考えています。
- AIで変化する検索
Chat GPTやGoogle Geminiを直接使用しなくとも、知らず知らずのうちに生成AIによる文章を目にするケースが増えてきました。Googleの検索結果トップでまず目に入るのは、幾つかのウェブサイトの情報を基にした「AIによる概要」です。
軽く気になる程度の検索であれば、ウェブサイトを閲覧せずとも、AIの概要を読むだけで十分なこともあります。さらに今後は、GoogleやYahoo!のような検索エンジンを使うことなく、ウェブサイトも検索してくれるChat GPTやMicrosoft Copilotとの対話だけで、検索が完結するケースが増えてくるでしょう。これまで企業の広報部やマーケティング部署は、自社や自社の商品がより多くの人の目につくように、検索エンジンのアルゴリズムを分析しSEO対策を講じてきました。では、人々の検索先が検索エンジンから生成AIにシフトすると、今後はAIのアルゴリズムを解析して対策を講じるSEOならぬAIO(AI Optimization)が台頭してくるのでしょうか? 膨大なデータ量と複雑化するAIモデルに対して対策を講じ続けることは技術的には可能だとしても、長期的な視点では現実的ではありません。一方で、短期的に、そしてPR領域での活用に限定して考えた場合、これからは生成AIが検索の手段として使われることを念頭に、情報の拡散を考えていく手法が幾つか考えられます。
- AIで変化する情報発信
記者との関係構築、取材誘致や記者に対して適切な情報を提供することは、引き続き広報部の重要な役割になるはずです。今後、生成AIが、広報部が目を通していない記事やウェブサイトを参照して情報を生成した場合、これらの情報源に対しても、改めて企業から公式の情報を提供する必要性が出てくる可能性があります。
また、生成AIが参照したウェブサイトが誤った情報を掲載している場合、情報の訂正を依頼する必要も出てきます。もしくは、逆にAIが参照しているウェブサイトのコンテンツを参考に、正確な情報に加えて企業が伝えたいメッセージを盛り込んだコンテンツを自社のニュースルームに掲載するなどの手法も考慮する必要が生じます。Chat GPTやGeminiをインフルエンサーと考え、それらの生成AIによる出力結果をモニタリングし、企業としての方向性と内容を精査した上で、情報発信することが極めて重要になってくるでしょう。
- AIで変化するコンテンツ制作
生成AIが文章作成、翻訳、要約など様々なタスクを短時間でこなすようになってから、「生成AIが仕事を奪う」といったヘッドラインが、メディアの記事でも頻繁に見受けられるようになってきました。私たちを含め、PRやコミュニケーション業務に携わる人々にとっても、このような形でのAIの進化は他人事ではないはずです。重要な点として、AIは言語モデルに基づいて人の感情を解析することはできますが、理解することは(少なくとも現段階では)できません。また、一概に定義付けができないような人の意思や意図をくみ取ることも、AIにはまだまだハードルが高いはずです。つまり、生成AIはコンテンツ制作において、インプットされた情報を基に文章や画像、動画を生成することは可能ですが、記者やその先にいるニュースの受け取り手の複雑な感情や意思をくみ取って、態度変容や行動変容を促すメッセージやストーリーを生み出すことは、現時点では不可能と言い切って差し支えないでしょう。ただし、コンテンツ制作にAIが全く使えないわけではありません。何百もの企画のアイデアやドラフト、イメージなどを数秒で出力してくれる生成AIは、コンテンツ制作においてブレーンストーミングなどを助けてくれる力強いパートナーとなるはずです。企業広報でもAIの優れている点を使い、人の感性を織り交ぜながらコンテンツ制作を行う体制に移行していくはずです。
- 生成AIで変化する広報リスク
文章作成AIツールに加えて、2024年には 画像・映像・音声を生成するAIのサービスが各社から登場しています。Open AIの動画生成AI「Sora」が生成した東京の映像をニュースで見た人も多かったはずです。そのような映像が生成される一方で、フェイク映像や画像が流布したために、企業や団体がネット上で炎上するケースも徐々に見られるようになってきました。これまでも、企業に関する偽動画や偽画像がインターネット上で流布することはありましたが、ほとんどのケースは誰が見ても偽物と分かるようなものだったので、ビジネスに影響を及ぼすものではありませんでした。そのため、企業の広報は、メディアからの問い合わせを受けない限りは「静観する」ことが良しとされてきました。
生成AIの発達により変わったことは、偽の映像・画像・音声情報の質が向上し、人々が偽情報(特に動画や音声)を信じるケースが多くなったため、偽情報の流布により企業が実害を被るケースが増えてきている点です。企業幹部のフェイク音声や映像を使った偽記事の流布、偽情報の拡散により株価が下がる事象も出てきました。企業にとって、生成AIが作り出す偽情報への対策は、非常に頭の痛い問題になります。企業の広報部は今後、実在すらしていない偽の不祥事に対して、声明を発信する必要も出てくるかもしれません。リスク管理の視点からのネット上のモニタリング、ならびに偽情報の流布に対応するための広報の体制構築がより重要になっていくでしょう。
当社では、米本社をはじめとする世界中のオフィスで、企業のコミュニケーション活動に生成AIを活用する方法の研究を進めています。その中で、生成AIと「うまく付き合う」ための社内での意識改革と仕組みづくりが非常に大切であるということを、社内外に積極的に啓発しています。2023年の春には、自社のChat GPTを立ち上げた他、広報業務をアシストできるようなチャットアプリを自社開発し、社員にはそれらの使用を推奨しています。
複雑なプロンプトを書かずとも、ChatGPTに特定のペルソナを設定し、自身のアイデアに対してそのペルソナの視点から肯定・否定的な意見を出すように設定できたり、アイデアに対して反対意見だけを出すように設計されたアプリもあります。ソーシャルリスニングツールで設定するキーワードを出すように設計されたアプリもあり、現在では10以上のチャットボットを運用しています(図1)。
(図1)
アイデアやメッセージを考える上で、様々なオーディエンスの意見や反応を勘案した「第三者の視点を持つこと」が非常に重要です。弊社では、「第三者の視点」を入れるべく各コンサルタントに加えて、AIチャットボットからの意見やアイデアを含めて、仕事を進めるケースが徐々に浸透しつつあります。生成AIはたまに的外れな意見やアイデアを出すこともあるため、全てを採用することはありませんが、特に議論に行き詰った際、AIチャットボットから新しい発見やアイデアを見つけるケースが増えてきていると感じます(図2)。
(図2)
生成AIにアイデアを求めるような使い方は、ある程度のものであれば既存のChat GPTでも十分に試すことができます。もし翻訳や文章作成のみにChat GPTを使っている方は、ぜひChat GPTに「なぜこの回答をしたのか説明して」とプロンプトを打ってみてください。生成AIとの付き合い方が変わるはずです。
生成AIの進化は著しく、どのようなアップデートが来月起こるか予測することも困難です。どのような進化を遂げるにせよ、文章・画像・映像を使い、自社のステークホルダーとコミュニケーションを図る広報部にとって生成AIが仕事に及ぼす影響はどんどん強くなりますし、うまく付き合っていく必要が出てきます。特に弊社はコミュニケーションエージェンシーとして、多様な視点からアイデアやソリューション、リスクをアドバイスする立場にあるため、生成AIを使い社員やチームが思い付かなかった視点や考えを見つけ、コンサルタントの考えを発展させることで、お客さまにより高い付加価値をお届けできると考えています。
生成AIのポジティブな面を仕事に生かすことができるかどうかは、人間次第です。生成AIの得意な部分をうまく引き出し、より良い仕事のパートナーとして活用することが、広報担当者にとっても必要なスキルになると考えています。
著:
大城 昌彦 バイスプレジデント、コーポレートコミュニケーションズ
古川 慎太朗 バイスプレジデント、コンシューマー
※出典:経済広報8月号