アジア女性の健康と文化の影響 – リズ・クラーク・マルティネス
アジア女性の健康と文化の影響について、さらなる関心と行動が求められる理由
文化とは、伝統や信条、規範といった活気ある多様な集合体であり、個人やコミュニティとの繋がりをもたらし、人々の生活に大きく影響しているものです。私がアジアという地域に移り住み、アジアでの生活を好んでいる理由の1つにも文化が挙げられます。
文化はアイデンティティを形成し、人生を豊かにします。しかしアジアにおいて、文化は女性の健康に対する理解や信念、行動に大きく影響している場合もあり、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)や 母体の健康だけでなく、多くのヘルスケア分野で男女格差が生まれ、様々な状況において、女性の健康とウェルビーイングに対するニーズが満たされていないというケースが見られます。
社会文化的な規範による影響は特に憂慮すべきもので、調査(下記リンク参照)によると、アジアの女性は、男性よりも特定の病気にかかるリスクが高かったり、治療経過が悪かったりするという結果が出ています。具体例としては、高血圧hypertensionによる心臓病、糖尿病diabetes、一部の自己免疫疾患auto-immune diseases、アルツハイマー病Alzheimer’s diseaseなどが挙げられます:
- 日本では、女性の新規アルツハイマー病患者数は男性のほぼ2倍。
- 韓国では、関節リウマチ(RA)にかかる女性の数は、関節リウマチにかかる男性の少なくとも3倍。
- アジアの女性も含め、2型糖尿病の女性が冠動脈性心疾患で死亡する確率は、2型糖尿病の男性のほぼ2倍。
これらはあくまでも一例ですが、女性の健康とは、リプロダクティブ・ヘルスや母体の健康だけでなく、もっと幅広いものであるべきだということが明確になっています。このような背景から、ウェーバー・シャンドウィック・コレクティブでは、アジア太平洋地域において、健康の公平性への取り組みを推進し、困っている患者集団の支援を意図した、女性の健康に関する独自のサービス開始を発表しました。
女性である私にとって、健康面で十分なサービスを受けられていない「女性」という集団に焦点を当てることは、個人的に重要なことであり、自分が公衆衛生学の修士課程を選択した理由の1つでもあります。職業的にも、長年の経験を積んだ戦略家として、女性の健康と文化との関係性を理解することは必須であると考えています。この2つの接点は必ずしも新しいことではないものの、この接点の舵取りをするのは、驚くほど困難だからです。
行動・非行動の文化的要因を認識し、理解する
人々の態度や行動、そしてその根底にある心理―つまり「なぜそうなるのか」―を理解するための見識を見出すことがカギとなりますが、その際によく登場するのが「スティグマ(差別・偏見)」や「タブー」という言葉です。マーケティングの資料として表記するのは簡単ですが、信念や行動、習慣が無意識のうちに蓄積されている場合、それを実践の場で解き明かすのは至難の業になります。私にとって、アジアの女性たちと共に、行動(そして非行動)の背景にある潜在的な無意識の思考パターンや見解について話し合うことは、楽しく、有意義な時間です。このような話をすることで、より多くの人が新たな気づきを得られると思うからです。
特に衝撃的だったのは、文化的期待やジェンダー規範(男性と女性がどのようにあるべきで、どう行動し、どのような外見をすべきか、という考え)、限られた自律性、対話を躊躇させる社会的圧力やタブー・差別への不安といった要因によって、女性たちは、リプロダクティブ・ヘルスや母体の健康に関する医療サービスについて理解したり、ケアを自ら開始したり、求めたり、受けたりしない傾向にあるということです。しかし、これらの要因は、従来、女性特有の疾患と見なされてきた症状だけでなく、女性特有のがんfemale cancersや、男女双方がかかるような複雑な病気や症状(生死に関わるものまで)においても、女性の認識や行動に大きな影響を与えてきたのです。
例えば、ある研究research,によると、がんの診断においては、スティグマが関連していることが多く、がんの治療や予防についての意思決定をする際、配偶者やパートナーの影響が大きいとされています。また、心血管疾患(CVD)では、CVDは男性の病気と考えられているため、ほとんどの女性がCVDのリスクを認識しておらず、ジェンダー規範や宗教的・社会的な期待により、CVD予防のカギとなるスポーツや運動といった活動に女性が積極的に参加できないことが多々あります。さらに、調査researchによると、家事の代わりにそのような活動に時間を割くことは、利己的な行為とみなされることさえあるのです。
今日、アジアの女性たちはグローバリゼーションを受け入れ、独自の伝統を守りつつも、進化しつつある習慣や信仰体系の中に自分たちの居場所を模索していますが、多層的な社会文化的背景によって、意図的であれ無意識であれ、家庭やコミュニティにおいて、健康に対するジェンダーバイアスが形成されることが多く、調査the researchによると、こうしたジェンダーバイアスは、残念にも、制度や政策レベルで助長されていることが多いのです。母親、姉妹、娘、祖母、叔母、女友達、職場の同僚女性である人たちは皆、伝統と近代性の狭間で葛藤しながら暮らしています。つまり彼女たちは、複数の役割をこなしていることが多く、その中には、家族の面倒を見たり、自分の健康よりも他の人の健康を優先させたり(それが当然とされていることも)、場合によっては、自分の健康に関して決定権を持たないこともあります。
今後の方向性について
はっきりと言えるのは、文化の影響とは、女性の生殖器官についてオープンに話すというタブーよりも、はるかに広範囲に浸透しているということです。私たちは行動しなくてはなりません。パンデミックは男女格差を深刻化させ、2030年の持続可能な開発目標2030 Sustainable Development Goalsにもかかわらず、女性は、健康面に関しては置き去りにされているという状況なのです。
行動を起こすには、今までとは違う考え方、つまり、複雑に絡み合う意識的・潜在意識的な文化的要因を理解するための新たな考え方、そして、その影響を見極めるための新たな方法が必要とされています。
例えば、女性が医療機関を受診していないからといって、女性が病で苦しんでいないと推測するのは不十分だということです。
ウェーバー・シャンドウィック・コレクティブにおいて、文化と行動はすでに基本的な方法論に組み込まれており、女性の健康を前進させるためのツールやイニシアティブも提供しています。その中には、「カルチャー・コンパス」という、ブランドが貢献できるような、新たなトピックを特定するのに役立つソリューションや、「カルチャー・インサイダーズ」という、社内のグローバル・コミュニティを通じて、アンダーグラウンドからメインストリームなカルチャーに対する独自のこだわりや経験を持つメンバーと繋がり、彼らの審美眼を通して主要な分野や業界を把握できるツールなどがあります。
最も大切なことは、アジア人でもそうでなくても、女性でも男性でも、専門家でもそうでなくても、世の中を変えたいと思うのであれば、常に鋭い探究心を持ち、知らないことを知ろうとする姿勢が不可欠だということです。
これは、男性を犠牲にして女性を助けるという話ではありません。今こそ、ターゲットを絞った取り組みが必要なのです。多様な文化的信条や行動を理解し、それに働きかけるような取り組み。女性特有の症状やリスク、経過や結果のニーズに応えられるような、独自のコミュニケーション、教育、技術、政策を可能とするような取り組み。完全で一貫性のあるデータがない中で、新たな評価方法を見出し、政策に反映させられるような取り組み。そうしてこそ、女性が必要としている医療や、女性が受けるに相応しい医療を受けられるようになり、健康管理の中心に女性を据えることができるのです。
リズ・クラーク・マルティネス(Liz Clark Martinez)はウェーバー・シャンドウィックのヘルス・ストラテジー部門のバイス・プレジデントで、ウェーバー・シャンドウィック・コレクティブのウィメンズ・ヘルス・イニシアチブの一員でもある。
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